"You" choose everything.

@daidaiboushi

「あなた」は世界でどのような役割を担うのか?

この世界をどのようなものとして理解し、
どこを変えたいと思い、
自分はその中でどの部分を担うのか。

 〜ライフネット生命 出口社長〜


この言葉を聞いたとき、衝撃を受けました。。

思ったそのままつぶやいたところ、自分のツイートでは見たことないほどリツイートされました。笑


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多くの人にとって、何かしら共感してもらえる部分があったのだと思います。
同時に、考える価値のある問いなんだとも感じました。


それからずっと「出口社長の問い」について考えています。
自分はどうありたいんだろうか、と。
ただ、、なかなか納得のいく答えが出せずにいます。


うんうん考えている中、2つの素晴らしい記事に出会いました。
「出口社長の問い」を考える上で非常に役立つんじゃないかと感じたので、ご紹介したいと思います。

自分が感度が高くなっている時は、なぜかイイ記事に出会えるもんですね。
ありがたいです。

2200年の世界に何を残せるか。

1つ目は、MITメディアラボの石井裕さんのおはなし。

MITメディアラボ石井裕副所長インタビュー

MITメディアラボは、「表現とコミュニケーションに利用されるデジタル技術」の最先端の研究所です。

石井裕さんは、「タンジブル・ビット」の開発で知られるコンピュータ研究者です。
以前NHKの「プロフェッショナル仕事の流儀」に出演されています。
今、世界から注目されている日本人の一人です。


さて、石井さんですが、「どういう学生を育てたいか?」という質問に以下のように答えています。

僕は「2200年」というロングスパンで未来を見て、自分の存在理由をきちんと考え、それを意識して生きていける人を育てたいと考えています。

「社会にどういうインパクトを与えれば君は満足するのか?」という話をして、優先順位を決めさせる。

たとえ他に面白そうなものがあっても、成功する可能性があっても、いちばん大事なもの以外は捨てなければならない。
なぜなら、一日は24時間しかないし、人生は100年もないわけです。
時間は限られている。

若い人たちも2100年には僕と同じで死んでしまっているはずです。
でも、自分が死んでしまった後にも、未来は永遠に広がっている。
その未来に何を残すことができるか、を真剣に考えてもらいたいですね。

2200年。
つまり、今から約200年後の世界のために、何ができるかを考えて生きている。

すごい。
心底そう思いました。

はっきりと、限られた人生で自分には何が出来るのか、自分の使命は何なのかを決めている。


対して僕は、「あれも、これも」と風呂敷を広げすぎる傾向があります。。
残念ながらそれは、人生は有限であるということを意識出来ていないということでもあります。

僕の目標は曖昧だと自分でもわかっていました。
しかし自分が思っている以上に、曖昧過ぎるんだと気付かされました。

シンプルであること

2つ目は、アメリカのNPO「Charity Water」のおはなし。
イケダハヤトさん(@IHayato)が紹介されていました。

Charity Water代表のインタビュー

世の中には、10億もの人々がキレイな水を使えずにいます。
Charity Waterはその問題を解決すべく、世界中の人がキレイな水を使えるように活動しています。

詳しくは、下記Charity Water の動画を見てみてください。(わかりやすい!)
http://www.charitywater.org/whywater/

では、なぜ今、Charity Waterが注目され、成功しているのか?

それは、一言に「シンプル」だからです。

「シンプルさ」が重要だということです。
アナタが伝えたいことをシンプルに伝えることができることです。
私は、どれくらいの数のNPOに出会ったのか、正確に言えません。
NPOの方と3分間話した後でも、その団体が何を行っているのかわからないんです。
だから本当に重要なのは、見せること。
つまり、言葉で伝えないんです。
目で見て分かるようにするんです。

やりたいことが「シンプル」。
伝えたいことが「シンプル」。
”あなた”に起こして欲しいアクションが「シンプル」。

ソーシャルメディアの発達によって、これからは「個人の時代」と言われています。
世界の数十億、日本だけでも数千万もの人々が、毎日毎日情報を発信しています。

情報が膨大になる中、人に伝わりやすいようにメッセージを「シンプル」にすること。
これからすごく重要なことだと思います。

僕のやりたいことはシンプルどころか、それこそ「何をやりたいのかわからない、伝わらない」ものだったんやなあと気付かされました。

月並みな言葉ですが、一人で出来ることってホントにたかが知れてます。
「シンプル」にすることで、多くの人が共感し、やれることも増えていくんだと思います。

改めて出口社長の問いについて考える

出口社長の問いは、つまるところ下記のように分解できると考えています。

この世界をどのようなものとして理解するか?
「誰にとって、どのように、大切な世界なのか?」

どこを変えたいのか?
「大切な世界を創るために、最も解決すべき課題は何か?」

自分はその中でどの部分を担うのか?
「課題を解決するための手段は何か? その中でどんな役割を担うのか?」


これらをMITの石井さんのように「細分化・明確化」し、
Charity Waterのように「シンプル」な言葉にまとめる。

とは言いつつもすごく難しいことなんですが。笑


みなさんであれば、どのように答えられるでしょうか?


「この世界をどのようなものとして理解し、どこを変えたいと思い、自分はその中でどの部分を担うのか。」


もし「自分はこうだ!」と言える方がおられれば、是非お聞かせください。
Twitterでハッシュタグ、「#出口社長の問い」とかで教えてもらえれば、すごくうれしいです。

資本主義と幸せと僕の人生。

「自分の子どもに残したい!、と思うような社会を創っていきたい。」

ここ数年想い続けてきたことです。


何をやりたいのかと聞かれると、「海外旅行に行きたい」とか「結婚したい」とか、、言いたいところです、僕も。
もちろんそれもやりたいことではありますね。ええ、もちろん。

でもそれだけでは足りないことに気がつきました。
何かが決定的に足りない。

それは「自分がたった今生きている」という感覚です。

人はなぜ山に登るのか

人はなぜ命をかけて、苦しいにも関わらず山に登るのか。
この問いに対してよく下記のような答えを見かけます。

「自分は、今生きているんだと実感できる」

いつも危険と隣り合わせの山登り。
時には命をかけ、多くの困難を乗り越えると、ご褒美として山頂の素晴らしい眺めと達成感がもらえる。

困難にぶつかった際、自分の持てる全ての力を出しきるというプロセスと、報われた時の達成感。

とても単純なことですが、それらが人に「今自分は生きている」と感じさせるのだと思います。

僕もこの山登りのような感覚を得たいと思っています。
しかし、あくまで山登りをしたいわけではなくて、「生きているという実感」が欲しい。それも毎日。

日々の仕事とやりたいことは相反するのか

最近山登りがブームになっているようです。
多くの人にとって、山登りは日々の仕事の疲れを忘れさせるのにうってつけなのでしょう。
もしくは、休日の山登りのために、日々の仕事でお金を稼いでいる、という人もいるかと思います。

趣味があるのはいいことです。
でも逆に言うと、人生の多くの時間を「つまんない仕事」に費やしているということにもなります。
僕にはそれがたまらなく苦痛で、死にたいとさえ思ってしまいます。

もちろん山登りを仕事にしている人もいます。
「好き」を仕事にまで昇華できた素晴らしい例だと思います。
が、実際そんなことができるのは、みんな知っているとおり一握りの特別な人間だけです。

では、なぜ世の中の人が「好きなことだけ」をできないのかと言うと、、
言わずもがな「お金」が理由です。

資本主義社会である近代社会は、「お金」なしには生きていくことすら難しい状態がずっと続いてきました。

「お金」の価値が下がってきている

しかし、今社会は、転換期を迎えています。

インターネットの発達により、働かなくても生きていくことが実現しつつあるんです!

例えば、「日本一のニートを目指す」phaさん
一度Twitterやブログを見てみてください。
シェアオフィスや他の人からモノをもらうなど、働いていないにも関わらず毎日をだらだら過ごしているようです。笑

僕がやりたいこと

前置きが長くなりました。。
僕がやりたいと思っていることは冒頭に書いたとおりです。

「自分の子どもに残したい!、と思うような社会を創っていきたい。」

今社会が劇的に変化しています。
インターネットが発達し、価値観が変わり、自分の子どもに残したいと思えるような、新しい働き方、ライフスタイルのあり方も変わってきています。

親を始めとして彼女も会社の人も、「はあ? アホちゃう?」って思われるようなことです。
(というか実際思われてるようですが。)

でも僕は、やりたいことに挑戦することで「自分が生きている実感」を得られるのではないかと思っています。
というか今のところ、これしか考えられません!

自分の足で一歩踏み出す

実は、今までずっと一歩踏み出したいと思いながらも、ずっと踏み出せずにいました。
ずっと死んだも同然だった。

来年はやっと一歩が踏み出せそうです。
そして、自分の人生が始まろうとしていることにワクワクしています。

今の安定を放り出してしまってもいいのだろうかという思いは今でもあります。
でも、どんな困難があるとしても、死んだような人生を送るよりひどいことはそうそう無いはずです。

山登りは、山頂という結果だけでなく、プロセスにも生きる意味を与えてくれます。

誰に生かされるわけでもなく、自分の人生を、自分の足で立って、一歩ずつ進んで行こうと思います。

今後はブログ、Twitter等フル活用しますので、よろしくお願いいたします。